創造性と囲碁教育
  菅野礼司

 
I.創造性とは

 「創造」とは既存の概念や理論・方法になかったものを考え出すか、新たな理論を築くことである。「創造性」はその創造を生む能力である。それゆえ、創造性は、従来の考え方や伝統に囚われることのない、また他の人とは異なる発想と思考法を必要とする。時には、飛躍した発想や思考が求められる。

II.創造性に必要な条件
  • 既存のものや現実に囚われていては創造性は育たないから、創造性には豊かな「想像性(イマジネーション)」(あるいは空想力)が必要である。
  • 「想像」はロマンであり、まだ現実化してない夢である。その新しい想像の中に生まれるイメージは創造の卵であるが、それを現実の姿にするためには、その想像している物事に関する知識や経験が十分になければならない。さもなければ、夢のままで消えるか、空理・空論に終わる。
  • 想像のイメージが全て現実化されて「創造」に繋がるものではなく、多くの場合、失敗に終わる。それが「創造」として実を結ぶには、試行錯誤を含めて、かなりの努力がいる。
  • 創造的着想には直感やインスピレーションが働くことが多い。しかし、創造は単なる思い着きや直感から生まれるものではなく、十分な経験(訓練)と長い熟考を重ねた結果、期が熟したときに閃いて生まれるものである。(感性的・直感的な手を読みで裏付ける。集中力、深い読みの力が必要。)
  • 既存のものとは異なるものを生み出す創造性には、既成概念や伝統に囚われない思考法が必要であるが、同時に未知の物への挑戦の精神(チャレンジ・スピリット)、冒険心がなければならない。(新布石の開発、囲碁論理の体系化)

III.創造に必要な思考法

 創造には思考の自由が不可欠であるが、同時に次のような思考法が求められる。

  • 分析・総合の思考力(垂直思考):分析は要素に分解して、深く掘り下げていく思考(下降)であり、総合は分析により得たデータを基に、全体を概念的に再構成する思考(上向)の働きである。
    囲碁では、定石・手筋などの研究・開発は分析的論理、二つ以上の定石を関連づけたり、手筋と定石を結合して定石を選択するのは総合的論理。
     
  • 類比による類推(水平思考):異なる分野間での概念や法則に類似性がある場合、それらを関連づけて、他分野に適用する思考の働き。表層的現象や形式の上では似ているが、内容や論理が異質の場合、類比は誤った推論に陥るから注意を要する。
    手筋、死活などの応用に、この思考法がある。
     
  • 総合的判断力:複数の物事を関連づけ、それらを統合して全体を見通して判断する思考力である。いわゆる「木を見て、森を見ず」ではなく、「木も森も見る」思考である。(それゆえ、垂直思考と水平思考の統合)
    盤全体を見て判断する力。形成判断、定石の選択、捨て石作戦など。
     
  • 柔軟な発想や思考の形式が求められる。一つの考えや方、従来の考え方に囚われない「自由の精神」から生まれる。
    囲碁にはこれが必要。場面により、形成により、打ち方を変える。新定石の開発など。
     
  • 異質の思考形式の統合と協力:その人の育った文化的・知的環境によって、個人や民族により思考形式が異なる。それゆえ、一人の考え方だけでは発想や思考法が偏り限界がある。異なる思考形式の間の交流により、偏った思考法を改善することは創造力の育成に有効である。また、単色的な思考の枠を破るために、発想や思考法の異なる個人や民族の協力が有効である。
    囲碁の場合、対局は思考法の異なる2人の思考の交流である(手談)。多くの人との対局、国際交流の意義。
     
  • 逆転的発想(発想の転換):従来の論理を全く逆転させて、逆の方面から推論し考察を進めると、思わぬ道が拓け、新しい思考の世界が広がることがある。これには柔軟な発想を必要である。
    囲碁では、「右を打とうと思えば左を打て」など、逆転発想が多い。

IV.環境の役割

 発想や思考法は、生まれながらの遺伝的要素もあるが、一般には、長い
間に知らず知らずのうちに形成されるものであるから、環境が重要な役割
をする。

  • 柔軟な思考を身に付けるには、子供の頃から囲碁をするのが良い。
  • 悪い癖(筋)が付かないように、適切な指導が必要。