マサは、どちらかというと争いごとは、嫌いなタイプの人間である。5人兄弟の末っ子であるが、兄弟4人は皆パチンコや競馬などのギャンブルが好きなのに、マサはそれらにはほとんど興味がなかった。大学生3年生の時、アメリカのラスベガス行きのツアーがあり、それに参加してはみたものの、スロットマシンやカード賭博などのギャンブルを一切せず、ディナーショウを見ただけであった。
こんなマサなので、取り立てて碁が強くなりたいという願望はほとんどない。それでもなお囲碁への興味があり続けたのは、ただ一点「どうして強いやつがいるのか」という単純な疑問であった。
「ねえ藤田君、強い人と弱い人との違いは何かな」
「変な質問だね。勝負に勝つ奴が強い奴でしょう」
「それなら、どうして勝つのかな」
「勝てそうな弱い奴と対局するからでしょう」
あえて、真剣な答えを期待しているわけではないものの、この答えは、質問の答えとしては全く不満である。そこで、マサはしつこく食い下がって尋ねる。
「勉強すれば強くなるのかな」
「そりゃ、強くなるだろう」
「でも、万年2級なんて言葉があるぐらいだから、強くならない奴もいるよね」
「それは、馬鹿だからでしょう、勉強しなくて強くなるなら、誰も勉強しないだろ」
まったく意味のない、まるで漫才のボケとツッコミの会話である。
しかし、この素朴な疑問に対する本当の答えがマサにわかったのは、30年後であるというのだから、碁は誠に不可思議で、かつわかり難いゲームであるといえよう。